貫汪館 名古屋西支部

Kan ou-kan Nagoya Nishi Branch

◆諸国門人◆

大石家には初代大石進種次、二代大石進種昌の門人の記録、「諸国門人姓名録」が残されています。
以前、館長が研究され、日本武道学会で発表されました。

記された門人数は655名に及び、その内、地元柳河藩の門人は252名、他藩からの門人は403名もいました。
本部ホームページで詳しく紹介されています → 大石神影流剣術に関する考察

他藩へ留学し、武術や学問を学ぶ廻国修行は江戸時代後期に盛んになったようです。
その頃は新しい稽古方法である防具着用の試合形式の稽古が盛んになった時期でもあり、
武術の廻国修行は試合稽古の巧みな流派に入門し、試合の技術を学ぶことを目的とした場合が多かったようです。

試合の技術を学んでも、それを習った流派名を名乗らない場合もあったようですが、
大石神影流剣術を学んだ他藩の門人には郷里に戻った後、大石神影流剣術を名乗り、教えるものが多くいました。

貫汪館の門人達もそれぞれの地元で支部を任され、貫汪館の武術を教えています。
ここでは貫汪館の各支部長を紹介したいと思います。

◆諸国門人 紹介◆

・横浜支部長

貫汪館で稽古を始められたのは私より2年先なので、兄弟子ということになります。
家族思いの優しいお父さん。
稽古への取り組み方はとても真面目!!ノートへの書き込み量は凄まじいらしいです・・・
でもユーモアもある方で、横浜支部の稽古日誌では御内儀を「美人秘書」、御子息を「子供秘書」と呼んでおられます(^^)
古武術の知識も豊富で、お会いした時は楽しく武術談義をさせて頂きます。
→ 横浜支部 ホームページ

・北大阪支部長

貫汪館で稽古を始められたのは・・・私より数年後なのですが・・・あ、あれ?いつでしたっけ?
横浜支部長とお会いしたのは初めて参加した講習会だったので、よく覚えているのですが、
北大阪支部長とは私が講習会の常連になった後にお会いしたので、どの講習会だったかが・・・曖昧です(^^;
同じく家族思いの優しいお父さん。
とても素直に稽古に取り組まれ、どんどん貫汪館の動きを吸収されました。
稽古日誌の軽妙な語り口は素晴らしいものがあります。
→ 北大阪支部 ホームページ



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